鯛やは文科省の登録有形文化財でもある古民家、森家住宅を店舗として利用しています。森家は、松山市三津浜(旧三穂町)において萬問屋、精米・精麦業を営んでいました。三津浜は商・工業の盛んな土地であると同時に、俳句になど文芸の町でもありました。建築当時の主人である森要三郎は「連翠」という俳号を持ち、小屋組の梁には「薫風や今ぞ餅まく上げ汐に」という句が墨書きされており、要三郎の建築に寄せる思いが伺えます。

鯛や(森家)外観

外観意匠は、木造2階建の主屋に連続して門・塀を設け、通りに面する店舗部分の柱間下部は御影石で固め、2階壁面・軒裏全面を銅板で仕上げています。関東大震災以後、防火・防災を考慮して木造建築の壁面に銅板やタイルを張った建築の影響を受けたものと考えられています。

1階座敷は主に句会等に用いられ、2階座敷は身内の客用、2階洋室は個人的な来客に使われたと伝えられています。三津の商家の多くは店頭で商品を展示・販売する小売業の店先とは異なり、商談・接待によって商売が営まれた店の特徴を持っていますが、森家住宅はその商売建築の好例と言われます。

一階座敷
1階座敷から庭を眺める

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玄関に飾られた森家の家訓である「楽しき哉」の額

 連理の木 連理の木
天保四年築の石庭にある連理木(れんりもく)。源氏物語・桐壺に登場することで知られるとおり奇跡的に出会った二人が一つに結ばれた象徴として、祀られています。